対象喪失(Object Loss)とは

対象喪失(Object Loss)とは、心理学や精神医学の用語で、自分にとって強い愛着や情緒的な結びつきがある「かけがえのない対象」を失うことを指します。
精神分析の創始者ジークムント・フロイトらが提唱した概念で、人生における最大級の精神的ストレス要因とされています。
対象喪失の2つの種類

対象喪失は、単に「人が亡くなること」だけを指すのではありません。
大きく分けて以下の2つの側面があります。
1️⃣ 外的対象喪失(目に見える喪失)
大切な人やペットとの死別・離別
引っ越し、転勤、退職、失業などによる住み慣れた環境や居場所の喪失
病気やケガ、加齢による身体機能・健康・若さの喪失
2️⃣ 内的対象喪失(目に見えない心の中の喪失)
「絶対に達成したかった目標」の挫折による夢や自信の喪失
理想にしていた親・家族・恋人・友人・推しなどの裏の顔を知ること(脱理想化・脱錯覚)による、信じていたイメージの喪失
社会的立場や家族内での役割が変わることで起こる、アイデンティティ(自分らしさ)の喪失
生きていると必ずしも自分の思い通りに人生が進んでいくとは限りません。
ときには、自分が愛着を感じている対象と離れなくてはいけないこともあります。
対象喪失は「喪失が起こった後」に起こるだけではなく、「喪失が起こりそうだと予感しているとき」からすでに起こっているそうです。
喪失後に心がたどるプロセス(喪の仕事/モーニング・ワーク/グリーフワーク)

モーニングワーク(喪の仕事、Mourning Work)とは、大切な人や愛着の対象を失った(対象喪失)とき、その深い悲しみを受け入れ、心の整理をつけて、再び現実の環境に適応していくための心理的プロセスのことです。
精神分析の創始者であるジークムント・フロイトが提唱した概念で、「グリーフワーク」とも呼ばれます。
失った対象への執着から少しずつ解放され、心が受容と再建に向かっていくこの過程を以下の4つの段階で説明しています。
【第1段階:無感覚・ショック】
突然の出来事に現実を受け止められず、頭が真っ白になり、現実感がわかない状態(数日〜1週間程度)。
↓
【第2段階:否認・抗議】
失った事実を認められず、取り戻そうとしたり探したりする段階。「そんなはずはない」と事実を拒絶したり、怒りや罪悪感、悲痛な叫びをあげる。
↓
【第3段階:混乱・絶望・失意(抑うつ)】
失った現実を認めざるを得なくなり、激しい悲しみや絶望感や無気力、抑うつ、引きこもりに陥る。※最も苦しい時期
↓
【第4段階:離脱・再建(受容)】
失った対象への執着が徐々に薄れ、心の中に「温かい思い出」として収まる。悲しみを受け入れ、新しい環境や人間関係に目を向け始め適応していく段階。
モーニングワークは一方通行ではなく、行ったり来たりしながらゆっくりと進むのが特徴です。
気持ちが楽になったり、また落ち込んだりと、行きつ戻りつを繰り返しながら進んでいきます。
無理に悲しみを抑え込まず、感情を自然に表すことが大切とされています。
立ち直るまでにかかる時間は?

立ち直るまでにかかる時間は人それぞれで、数ヶ月で進むこともあれば、数年かかることもあります。
関係性による立ち直り期間の目安

関係性による立ち直り期間の目安は以下の通りです。
- 親との死別:およそ 3年
- 配偶者との死別:およそ 4年半〜5年
- 子どもとの死別:およそ 5年〜それ以上
※若者よりも高齢者のほうが回復に時間がかかる(5〜6年)傾向もあります。また、失恋や離婚による傷であれば、数ヶ月〜1・2年で次のステップへ進めるケースが比較的多く見られます。
なぜこれほど時間がかかるのか?

回復には「最初の1年間」を乗り越えることが特に過酷だからです。
故人の誕生日、命日、お正月、季節のイベントなど、1年を通して「いつもいた人が、もういない」という現実を1つずつ体感し、上書きしていく必要があります。そのため、1年が経過するまでは感情の波が非常に激しくなりがちです。
回復のサイン

決して記憶から消し去るわけではなく、心の中で「大切な思い出」として綺麗にファイルされ、自分の人生の一部として統合できた状態を指します。
周りと比べて「まだ泣いている自分はおかしいのではないか」と焦る必要は一切ありません。感情を無理に抑え込むほうが、かえって回復を長引かせてしまうことも分かっています。
悲しみを乗り越えるために、なぜ「アート」が必要とされるのか?

この「喪の仕事」のプロセス(特に第2・第3段階)にいるとき、人は「言葉にならない深い苦しみ」を抱えます。
愛着を感じていた対象を無理に忘れようとしたり、感情を抑え込んだりすると、喪の仕事(モーニングワーク/グリーフワーク)が途中で停滞し、うつ病や心身症などの慢性的な不調につながることも少なくありません。
ここで「アート」が力を発揮します。
感情の形骸化(目に見える化):
ドロドロした怒りや、ぽっかり空いた虚無感を「色」や「形」として外に吐き出すことで、自分の痛みを客観的に見つめられるようになります。
非言語の安全弁:
上手に話せなくても、絵を描く、土をこねる、何かを表現するという行為そのものが、傷ついた心を防衛し、モーニング・ワーク(喪の仕事)を前に進める潤滑油となります。
絵を描くのが苦手な方は、塗り絵やジグソーパズル、雑誌などの切り抜きをコラージュすることなども気分転換になります。
芸術鑑賞も癒しに

芸術を鑑賞するだけでも十分にセラピー効果(心理的・身体的な癒やし)が得られます。
自分で絵を描いたり作ったりしなくても、作品を「見る」だけで心身にポジティブな変化が起きることが、近年の心理学や神経科学の研究で科学的に証明されているそうです。
海外(カナダなど)では、医師が心身の不調を訴える患者に「美術館の無料チケット」を処方する「アート処方」という試みも実際に始まっています。
鑑賞がセラピーになる主な心理的・身体的メカニズムは以下の通りです。
アート鑑賞がもたらす4つの効果
ストレスホルモンの減少(身体的リラックス): 美術館などでアート作品を30〜40分ほど鑑賞すると、ストレスホルモンであるコルチゾールが急速に減少し、血圧や心拍数が安定することが分かっています。
「ドーパミン」の分泌と幸福感: ロンドン大学の研究などによると、美しいものや心に響くアートを見ているとき、脳内では恋愛をしているときと同じようにドーパミン(快楽や幸福感をもたらす物質)が分泌されます。
感情の「投影」と自己理解: 抽象画や特定のテーマを持つ作品を見たときに、「なぜかこの絵に引き込まれる」「この暗い色に妙に安心する」と感じることがあります。これは自分の無意識にある言葉にならない悲しみや痛みを、作品に重ね合わせている(投影している)状態です。作品を通じて、自分の本当の感情に気づくきっかけになります。
日常からの認知的解放(マインドフルネス効果): 目の前の作品のディテール、色、筆のタッチに集中している時間は、過去の後悔や未来の不安(喪失のストレスなど)から脳が切り離され、一種の瞑想状態(マインドフルネス)になります。
セラピー効果を高める「おすすめの鑑賞方法」

心理学などの知見から、ただ眺めるだけでなく、より心のケアに繋げやすい鑑賞のポイントがあります。
「1人」で鑑賞する: 誰かと一緒だと「感想を合わせなきゃ」という社会的な脳が働いてしまいます。イギリスの研究では、1人で鑑賞したほうが、情緒の安定や作品への愛着・喜びが数倍高まるとされています。
「正しい見方」や解説を気にしない: 「作者の意図は?」「美術史的な価値は?」と考える必要はありません。「好き」「嫌い」「落ち着かない」「なぜか涙が出そう」など、自分の心がどう動いたか(主観)だけを大切にしてください。
心に留まった作品をメモする(自己投影記述法): 鑑賞後、特に印象に残った作品の名前や、そのとき自分が感じた感情をノートに数行書き留めておく方法です。これは心のバランスを整えるのに非常に有効なワークになります。
おうちでアートに触れることも癒しになる

おうちで図録を見たり、美術館のホームページやデジタルアーカイブを眺めたりするだけでも、十分に癒やしのセラピー効果があります。
ウィーン大学などが行った最新の心理学研究でも、「オンラインでの短いアート鑑賞」が、ネガティブな気分や不安、孤独感を大幅に減少させ、幸福感を高めることが実証されています。
実物を見るのとはまた違った、「おうち鑑賞ならではのセラピー効果やメリット」がいくつかあります。
おうち鑑賞が癒しになる理由

究極の安全スペースでリラックスできる:
美術館に行くには、外出の準備をし、電車に乗り、他人の目を気にするという「社会的ストレス」が少なからず伴います。対象喪失などで心がひどく疲れているときは、「パジャマのまま、一番安心できる自宅のベッドやソファで横になりながら見られる」ということ自体が、大きなセルフケアになります。
自分のペースで鑑賞できる:
美術館では立ち止まる時間や閉館時間を気にしがちですが、図録やホームページなら、お気に入りの1枚を何時間でも、あるいはほんの1〜2分だけでも、自分の心が満足するまで自由に眺められます。
拡大して「細部」に没頭できる(マインドフルネス):
デジタルアーカイブでは、肉眼では見えない画家の一筆一筆のタッチや、絵の具のひび割れまで超高解像度でズームできます。この「細部への没頭」は、脳の雑念を消し去る強力な瞑想状態を作ります。
効果を高める「おうち鑑賞」のコツ

部屋のあかりを少し落とす・音楽をかける:
部屋を少し暗くして間接照明にしたり、お気に入りの静かな音楽をかけたりして、「日常の空間」から一歩離れた演出をすると、より深く作品の世界に浸れます。
スマホの通知を切る:
ホームページを見るときは、SNSなどの通知をオフにしてください。完全にアートと1対1で向き合う時間を作ることが、ストレスホルモンを下げる鍵になります。
図録を開いたまま部屋に飾ってみる:
画集や図録の「今日一番ピンときたページ」を開いたまま、机や棚に立てかけておく方法です。生活の動線に好きなアートがふと目に入る環境を作るだけで、日々の心のトゲが抜けやすくなります。
わざわざ外に出かけなくても、手元にある本や画面の向こうのアートは、いつでもあなたの心をそっと受け止めてくれる避難所になってくれます。
1日数分アートに触れる時間を作ることで、心がふっと軽くなることも。
ぜひ生活に取り入れてみてください。
お知らせ
心理学の療法には「コラージュ療法」というものがあります。
コラージュとは、雑誌などを台紙に切り貼りすることです。
お好みの絵画や美術品などを掲載している雑誌を、ご自身のお好きなノートなどに切り貼りして、作品の歴史背景や作者のことなどを調べて記入したりすることで、絵が描けない方も簡単に美術を楽しめますし、歴史のお勉強にもなります。
出来上がったノートはご自身だけの画集にもなりますし、眺めても飾っても◎
旅行先に持っていくこともできます。
おひとりで楽しむこともできますし、WILL&LIFE ® では、セッションの時間を使って、お茶や雑談を楽しみつつコラージュすることも可能です♫
出来上がった作品を無理に私に見せる必要もありません。
「ひとりでノート作りするのも楽しいけど、たまには誰かと一緒に楽しみたい」と思われる方はぜひご連絡ください♡
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