あいまいな喪失(Ambiguous Loss)とは

あいまいな喪失(Ambiguous Loss)とは、1970年代にアメリカの家族療法士ポーリン・ボス博士によって提唱された心理学概念です。
一般的な喪失(死別など)とは異なり、「失ったかどうかがはっきりしない、決着がつかない状態」そのものが、心に非常に強いトラウマや慢性的ストレスを与え続けるという特徴を持っています。
この喪失には、大きく分けて2つの具体的なタイプがあります。
タイプ1:「さよなら」のない別れ(物理的不在・心理的存在)
体は目の前にない(どこにいるか分からない)が、心の中には今も強く存在し続けている状態。
災害や事件による行方不明
遺体未発見
家族の突然の失踪
突然の絶縁や音信不通
離婚後の子どもや元パートナーとの生き別れ
など
「もしかしたら生きているかも」「いつか帰ってくるかも」という不確実性が、心の整理(お別れ)を阻みます。
タイプ2:別れのない「さよなら」(物理的存在・心理的不在)
体は目の前にある(生きている)が、かつてのその人の心や人格、関係性が失われてしまった状態。
認知症の進行による人格や記憶の変化
アルコールや薬物の重度な依存症
脳のケガによる高次脳機能障害
深刻なうつ病や精神疾患
など
「目の前にいる人は、私の知っているあの人ではない」という、生きている人を悼む(悲しむ)複雑な苦しみが生じます。
あいまいな喪失がもたらす影響

白黒つけられないあいまいさは、私たちの心や行動に次のような特有のフリーズ(停止)現象を引き起こします。
悲嘆の凍結(フリーズ)
終わりや結末が分からないため、悲しみのプロセスが途中で完全に止まってしまい何年も長引きます。 また「生きて(存在して)いるのに、こんなに悲しむのは薄情ではないか」という罪悪感がつきまといます。
意思決定の麻痺
「諦めて新しい人生を歩むべきか」「それとも待ち続けるべきか」の板挟みになり、日常のささいな選択すら決断できなくなります。
「もしかしたら」という希望が、心の整理(喪の仕事)を止めてしまいます。
「いつか記憶が戻るかも」「いつか連絡が来るかも」などという微かな希望があるため、心がきっぱりと諦めて次に進むことができません。
アンビバレント(両価的)な感情と罪悪感
「戻ってきてほしい」と願う一方で、「いっそ楽になりたい、すべて投げ出したい」と思ってしまう自分を激しく責めてしまいます。
周囲からの孤立
お葬式や四十九日のような「区切り」の儀式がないため、周囲から「なぜそんなにずっと悲しんでいるの?」と理解されにくく、孤独を深めやすくなります。
「あいまいな喪失」から立ち直るための期間

「あいまいな喪失(あいまいなそうしつ)」から立ち直るための期間は、何年という具体的な数字で区切ることが非常に困難です。
一般的な「死別」による喪失感は平均3年〜5年で徐々に落ち着くと言われますが、あいまいな喪失は「何年も、場合によってはその状態が続く限りずっと」悲嘆のプロセスが長引く(フリーズする)性質を持っています。
あいまいな喪失(家族の認知症、失踪、依存症、連絡の取れない絶縁状態など)は、終わり(結末)が見えないため、心がいつまでも「待ちぼうけ」の状態になってしまうからです。
この喪失から「立ち直る」とは、期間の問題ではなく「白黒つけられない状態(あいまいさ)を、そのまま抱えて生きていく心のしなやかさを育てること」だと定義されています。
「あいまいさをそのまま抱えて生きる」ためのアプローチ(期間を縮めるのではなく、心をラクにする)

ボス博士は、このような「あいまいな喪失」の状況から回復するためには「解決(白黒つけること)」や「立ち直るための期間を縮めること」を求めるのではなく、
「あいまいさとともに生きる力(レジリエンス)」を育てることが大切であるとしています。
「あいまいな喪失」の場合、何年かかるかという時間の解決を待つのではなく、「両価思考(Both / And思考)」を身につけることが回復への近道だとしています。
体験に「名前」をつける(ラベリング)

「自分が苦しいのは、「自分が弱いから」「冷酷だから」ではなく、『あいまいな喪失』という非常にストレスフルな状況にあるからだ」と知り、正しく名前をつけるだけで、心の負担は大きく軽減され理由のない不安から解放され始めます。
「両価思考(Both/And)」を意識し「どちらも正しい」と受け入れる練習をする

矛盾する2つの現実をどちらも同時に受け入れていきます。
「あの人はいない。でも、心にはいる」
「私はあの人を愛している。でも、自分の人生も大切にする」
「あの人は目の前にいる」かつ「昔のあの人はもういない」
「あの人を愛している・戻ってほしい」かつ「この状況から逃げ出したい・諦めたい」
このように、矛盾する2つの気持ちを「どちらも自分の本当の感情だ」と認めることで、心の葛藤が少しずつ和らいでいきます。
自分でコントロールできることに集中する

相手の状況や未来を変えることはできなくても、
「今日の自分の食事を少し丁寧に作る」
「好きなアートを見る時間を持つ」
といった、自分でコントロールできる小さな日常に意識を戻していきます。
時間薬(ときぐすり)が効きにくいのがこの喪失の特徴ですが、「あいまいなまま、自分の人生の新しい意味を見つける」ことができたとき、心は確実に回復へと向かい始めます。
あいまいな喪失は、1人で抱え込むと心がすり減ってしまいます。
臨床心理士などの専門家に頼ることや、同じような境遇を持つ人の集まり(ピアサポート)につながることも、とても有効な回復へのアプローチです。
お知らせ

実は私自身もこの「あいまいな喪失」の体験者です。
コロナ禍をきっかけに大切に想っていた方と疎遠・音信不通になりました。
あれからもう6年以上経ちましたが、いまだに心の中にはその方が存在しています。
現在44歳の私ですが、今まで生きてきてこのような体験をしたことはありませんでした。
誰かと疎遠になることは今までたくさんありましたが、こんなに長い期間、その方のことが心に残るという体験は初めてです。
しかも、その方と現実的にとても深い仲だったわけではありません。
言葉を実際に交わしたのは数えるほどなのです。
それなのにずーっと忘れずに心の中に残っている…。
何度も何度も忘れようとしましたが、それがなぜかできないのです。
こんなことは、今まで体験したことがありません。
「どうしてこんなことが私の身に起こっているのか?この感情や体験には専門的な学術的な名前がついているのか?」
理由や原因を知りたくて、私はこの数年、さまざまなジャンルの知識を学んできました。
今のところはっきりとした答えはまだ見つかっていません。
ですが、「あいまいな喪失」という概念を知り、ゆっくり時間をかけて、自分のペースでその状況と向き合っています。
「人生には、ときに科学や常識では解明できないことがある。
しかもそれは、予想もしていないタイミングでいきなり始まる。
すべてを自分の思いどおりにコントロールすることは難しい」
それが、今の時点での私の考えです。
私の場合、心の支えになってくれているのが
「散歩」
「ノート(ジャーナリングとコラージュ)」
「アートと音楽」
「食事」
「毎日のお茶時間」
「睡眠」
「旅やお出かけ」
「学び」
です。
できればひとりで時間をかけすぎずにできることがいいかもしれません。
あまりお金がかかりすぎないことの方が続けやすいです。
私の経験上、今のご自身が夢中になれること・楽しいこと・必要だと思うことに没頭するのがいいかと思われます。
ですが、喪失直後は何も楽しく感じることができなくなってしまうことも。
そんなときはただ泣いて、感情を吐き出して、よく眠ってください。
焦って無理に忘れようとしなくてかまいません。
無理に忘れようとすると余計に考えてしまい、暴飲暴食や散財などに繋がってしまいます。(体験談です。笑)
誰かに無理にわかってもらおうとしなくていいです。
その悲しみや苦しみは、あなたと体験者にしかおそらく理解することが難しいと思います。
それだけお辛いことなのです。
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参考文献
『パンデミック、災害、そして人生におけるあいまいな喪失 終結という神話』
ポーリン・ボス[著]、瀬藤乃理子、小笠原知子、石井千賀子[訳]、誠信書房(2024)
『あいまいな喪失とトラウマからの回復 家族とコミュニティのレジリエンス』
ポーリン・ボス [著]、中島聡美・石井千賀子[監訳] 、誠信書房(2015)





